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ラグビーの昔と今

1 昔のラグビーって?

 ラグビーの起源については第2回「ラグビーボールってなんで楕円なの?」で紹介しましたが、今回は昔のラグビーから今日のラグビーへどのように変わってきたかを紹介します。

 

2 1800年代中盤

 諸説あるもののラグビーの起源は1823年イングランドにあるパブリックスクールのラグビー校でフットボールの試合中にウェブ・エリス少年がボールを持って走り出したこととされていますが、この時点でラグビーのルールが出来上がったわけではありませんでした。

 その後もパブリックスクールで各校独自のルールでフットボールを行っていました。しかし独自のルールでは問題も多く、ルールの統一をしようという動きが出てきます。1848年に初めてケンブリッジ大学でフットボールのルールが制定されから15年の年月が経ち1863年ラグビー界とサッカー界にとってとても重要な出来事が起きます。

 1863年のルール統一の会議はフットボールアソシエーションと12のクラブで開かれました。そこで出された内容とはそれまでのフットボールでは可能だった「ボールを持って走る」ことをフットボールのルールから外そうというものでした。これに納得できないいくつかのクラブはフットボールアソシエーションを脱退しました。この瞬間、ラグビーとサッカーが明確に区別され始めることとなりました。

 

3 1800年代後半から

 フットボールからラグビーとサッカーに分かれてから間もない1871年にイングランド国内でラグビー・フットボール・ユニオンが結成されます。これとは別に、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの3か国のラグビー協会で1886年に国際ラグビーフットボール評議会が結成されます。イングランドは国際ラグビーフットボール評議会に入っていませんでしたが、1890年に加盟することとなります。これが現在のワールドラグビーの前身となりました。

 また、広い意味でラグビーが海外に広がるきっかけになったのは、イギリス国外に駐在していた留学生や、軍人などがそれぞれの現地で伝えたことだと言われています。

 こうして、協会の発足や世界でのラグビー普及により今日のラグビーが作られていったのです。

 

4 近代のラグビー

 ラグビーの歴史はルール改正の歴史でもあります。現在のラグビーではトライは5点ですが、ラグビーというスポーツができた当初はトライが0点だったというのは有名な話かもしれませんね。

 当時、トライはコンバージョンキックを得ることのできるプレーであり、トライそのものが得点になることはありませんでした。しかし、その後トライの得点は3点、4点と徐々に点数が上がっていき、1990年前半のルール改正でついにトライは5点となります。

 得点の方法が大きく変わることによりプレーの内容も大きく変化してきました。トライの点数が0点や3点の頃はドロップゴールが主な得点源だったと言われています。これはドロップゴールで4点が得られていたためです。トライよりもドロップゴールが多かった時代というのは、今日のラグビーとはまた違ったプレースタイルのラグビーだったと言えるでしょう。

 このように常にラグビーはルールの変更を行いながら、プレースタイルを変え進化するスポーツとなっています。

5 日本ラグビーの歴史 

 最後に日本のラグビーの歴史を紹介します。

 日本にラグビーが伝えられたのは鎖国をやめ開国してから間もなく伝わったとされています。当時から一部の日本人の間ではラグビーの精神と武士道の精神に共通するものを見出し、早々にラグビーが受け入れられたといいます。

 その後1900年代になると慶應義塾大学を初めとする、いくつかの大学でラグビーが盛んに行われていきました。そして1926年には日本ラグビーフットボール協会が設立され、ラグビーというスポーツを後押しする体制が整っていきます。

 日本は1987年の第1回ラグビーワールドカップから連続して出場しています。さらに、2015年の前回大会では過去2回の優勝経験がある南アフリカに勝利し、日本のラグビーは世界のレベルに達しました。日本はワールドラグビーランキング11位で、アジアでは1位の実力があります。(2019年4月現在)

 今後も日本のラグビーの成長から目が離せませんね!

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